橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

彼女は純愛を抑えきれない

 
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  最近、少し考え方が変わってきて、私は、100%の運命論に、一部、修正を施しました。それが、前回のブログ記事です。

 

 どういうものかといいますと、人の「想い」が「現実」を変えうる、との考え方です。

 詳しい説明は前回行いましたので、割愛させていただきますけれど、要するに、次のようなものです。

 

 万物は流転する。

 ゆえに、「現実」も揺れ動く。

 人の「想い」はその影響を受け、やはり揺れ動く。

 その一方で、「現実」もまた、人の「想い」に影響されて、変化してゆく。

 

 以上のような感じです。

 

 


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 100%の運命論は、人の運命は、生まれてくる時代、国、地域や、顔、性格、能力、そして家族や友人や恋人との関わり、職業、さらには健康や寿命に至るまで、予め、数百億年、数千億年も前から、すべて決められている、とする考え方です(決定論)。

 ここでは、人の意思が介入する余地はなく、運命は人間の手によってでは一切動かせない、としています。

 私はずっとこの立場だったのですけれど、少し修正し、「想い」の力によって「現実」を変えることは(或る程度)可能である、と考えるようになりました。

 

 



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 なんか、女性エッセイとかの装丁写真っぽい載せ方になってきましたね(笑)。

 

 

 

 

 さて、それはいいとして、続きに参りましょうか。

 100%の運命論って、じつは、やや窮屈に感じていた部分もあったんですよ。何か未来への見通しが、あまり良くないっていうか、空気としてというか、流れとして、行き詰まっているっぽい時って、あるじゃないですか。 

 そういう場合、100%の運命論に立っちゃうと、「運命は決まっているんだ」、「自分の力では好転させることはできないんだ」という気持ちが強くなってきてしまうがゆえに、ちょっと気分的に沈んでしまうこともありうるわけです。

 

 


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 ところが、それを修正してですね、「現実」はもともと揺れ動くものなんだ、そういう性質があるんだ、だから自分が強い「想い」を持ち続けることで「現実」を変えうるんだ!・・・と考えたならね、とても気が楽になったんですよね。

 

 これは私の中で、非常に大きな収穫だったように思います。

 

 

  現時点で与えられている材料から、(自分の狭っ苦しい了見で)未来を一方的に推測したとき、場合によっては暗く、重苦しい「現実」が待ち受けているような気が、したりしてしまうこともあります。

 

 でも、この新たな、修正した運命論でそうしたケースを考えるなら、「現実」はいくらでも揺れ動くんだ!、それも自分の「想い」の力によって!、って思えてくるから、不思議です。

 

 

 

 それはとても幸せなことだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここに載せた白百合の写真、じつは、昨年の11月直前に撮影したものなんですよ。

 その日、散歩中、道で見つけたものです。

 

 綺麗に、咲いていました。

 

 めっちゃ季節外れですよね。

 

 

 

 

 

 でも、「現実」に、こういうことが起こるわけですよ。

 

 

 起こらないなんて、決めつけられないのです。

 

 

 

 

 

 未来は、何が起こるか判りません。

 

 

 

 

 

 そうであるなら、前向きな、良い未来だけを、信じて待ちたいものですよね。

 

 

 

 

 恋愛小説・ドラマとかもそうですよね。

 

 

 

 

 

 最後まで、どうなるか判らないじゃないですか。

 

 

 

 

 私自身、小説を書いたとき、ストーリーやプロット、場面描写、登場人物の名前・キャラクターさえも、途中でどんどん変更していきましたもん、随時ね。

 

 

 

 

 

 

 

 より良いものを生み出すために、そうした努力が必要なのです。

 

 

 

 

 

 

 恋する美少女は、きっとこういう気持ちになり、こういう言葉を喋り、こういう態度を取るだろうな、っていう感じで。

 

 

 

 

 

 彼女はこんな時、きっと好きな男性への愛をこう貫くだろうな、みたいに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 逆に、こういうことは言わないだろうな、こういうことは絶対にやらないだろうな、というふうにも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人生や日常生活、運命も、それと同様だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは「想い」によって変えられるのです。