橋本順一の哲学

芸術、科学、哲学、政治、経済、健康、恋愛、娯楽など、様々な分野において、思いついたことを綴る「ひらめきエッセイ」です。

運命の赤い糸

 信じることの対象は、「目に見える世界」と「目に見えない世界」の両方です。

 

 

 「目に見える世界」というのは、ご存じ物質世界、物理的世界のことです、我々が暮らしている、このね。

 「目に見えない世界」というのは、物と物の間の関係性や、人と人の間の関係性を指します(つまりはエネルギーを指します)。

 

 

 私たちは、その両方の世界を材料として、「現実」の世界像を形成するチャンスを与えられています(ただ、残念なことに、多くの人は「目に見える世界」しか材料に用いません)。

 

 

 

 じつは、成功や幸せ、豊かさといったものは、我々のすぐ目の前にあり、手を伸ばせば届く状態になっています。

 

 

 

 しかし、(私もそうでしたけれど)多くの人はそのことを信じないために、それに向かって手を伸ばそうとはしません。

 

 なぜ、手を伸ばそうとしないのでしょうか?

 

 

 

 

 

 目の前の世界が歪んで見えているから。

 

 

 

 

 

 この世のメカニズムは、「想い」が「現実」を形成するような仕組みになっています。

 

 

 それゆえ、信じないと、歪んだ世界像しか形成できないことになってしまうのですね。

 

 

 なぜなら、材料(エネルギー)が乏しいからです。

 

 「信じない」ということはどういうことかっていうと、それは、有用な、素晴らしい素材を「活用しない」、「採用しない」ということに通じています。

 つまり、エネルギー(物体相互間の関係性)を(目に見えないからという理由で)材料として用いない、ってことなんですよ。

 

 それゆえ、世界像を作るための材料が乏しくなってしまい、いびつな、不完全な現実世界が形成されてしまう羽目になるのですね。

 

 そのような世界は、どんよりと曇り、歪んで見える世界です。それを眺めていたって、幸せにもなれないし、元気にもなれないですよね。

 

 

 せっかく作るのであれば、見ていて元気になれる世界のほうがいいですよね!

 

 

 材料をふんだんに用い、時間をたっぷり掛けて、情熱を注ぎ込んで作り上げた世界像は、バランスが整っていて、美しくて、キラキラと輝いて見えるのです。

 

 

 

 

 見ていて元気が出たり、幸せな気分に浸れたりしてくるんですよ!

 

 

 

 

 

 人生も芸術(創作活動)も、同じ。

 

 

 

 作り手がエネルギーに満ち溢れているか否かで、すべてが決まります。

 

 

 それは、「想い」の力が大きいか小さいかによって、エネルギーを世界像形成のための材料に加えることができるか否かが、決まってくるのです。

 

 

 

 強い「想い」が、「信じる気持ち」が、素晴らしい「現実」を作るのです。

 

 

 そういったものは目には見えないけれど、あたかも「時間」がこの世に確かなものとして存在しているのと同様に、まるで“運命の赤い糸”みたいに、この世界の各構成員相互間に確かに存在し、互いをしっかりと繋いでくれているのです。

 

 言っている意味、判りますよね?

 時間って、目には見えないけれど、ある・なしでいえば、ありますよね。つまり、ちゃんと存在しているってことですよね。

 それと同様にですね、想いとか心とか、人と人との結びつき、関係性といったものも、目には見えないじゃないですか。でも、それは“運命の赤い糸”と擬態できるほどの、確かな存在であるといえるのですね。ちゃんと、それらは、私たちの暮らすこの世界の身近なところに、存在している、ってことなんですよ。

 

 

 その意味で、そうした仕組みがあることは、決定論・運命論がカバーするメカニズムであるといえましょう。

 

 

 

 

 

 

 “運命の赤い糸”を信じられるかどうかで、幸せになれるかなれないかが、決まってくるのです。